第 二話 苦労の対価


 突然ですが、「タリン」・「リガ」・「ヴィリニュス」。

 これ何か分ります?
順番に「エストニア」・「ラトビア」・「リトアニア」の首都です。
いわゆる『バルト三国』ていう国々です。
自慢でもなんでも無いんやけど、こんな都市普通知りませんよね。
場所もぱっとこんでしょ。
でも、今年の夏休みはここに旅行しよう思て計画中なんですよね。これが。

 このページにもあるように、海外旅行は好きなんですよ。
でも以前にもクロアチアとかモロッコにも行った事があるんで、みんなに質問で、
「なんでこんなよーわからん(もしくは危ない)国ばっかし行くん?」
って、よく聞かれます。
別に危なくは無いんですよ。イランや北朝鮮に行く言うてるんやないし。
ただ、よーわからん言うのは、よーわかる。
僕も行くまでどんな国かよーわかりません。

 で、さっきの質問。
今までは、「歴史がすき。」とか、「ヨーロッパが好き。」とか答えてた。
まあ確かにそれに違いはないんやけど、改めて考えてみました。
「英語も喋れん僕が、英語も通じそうに無い国に何で行きたいんやろ。」って。

 最近(っていってももうだいぶ)日本では、「生きる」ってことに一生懸命じゃなくなりましたよね。
みんな何かにつけて日々一生懸命すごしてるんやけど、人が根本的に「生きる」為に必要なこと
つまり「食べる」・「寝る」だとか「電車に乗る」だとかには、一生懸命じゃなくなった。
 はらがへっちゃーコンビニで弁当買って、どこかで眠くなったら極論公園でも寝ればいいし、
電車に乗りたかったら、行き先見てお金入れてボタンを押す。
そんだけ。
難しいこと考えなくても、惰性でも日々は生活できます。基本的に日本では。

 でも、それが僕が好んで行くような国では惰性で出来なんですねこれが。
英語が得意でない僕にとって、日々すごす事がほんと緊張の連続なんです。
へたな電車乗ってもうたら、それで時間的に(金銭的に)リカバリーで
出来ない事も多くあったりして。
宿が見つからなかったり、深夜に列車を待ってたりするときは、
駅のホームで荷物の引ったくりに最大限の注意を払いながら寝てたりして。
ほんと、日々緊張して「生きる」ことをしなければいけない。
豊かになり、且つ言葉に不自由しない日本では、
もうこんな体験したくても出来ないんですよね。


「生きる為に一生懸命になる経験をすること。」


これが、僕の旅に求めるものです。

 そのために13日間と25万円。
これが、今回の苦労の対価です。
どう思います。
高いですか?それとも安いですか?

とにかくこの夏、
僕は今まで以上にわくわくするような
苦労の体験をしてきます。



2003.06.26